2011年10月22日

福岡伸一(動的書房店長・生物学者)『フェルメールを巡る旅』

【このトークセッションの音声配信は終了致しました】

『フェルメール 光の王国』出版記念
「フェルメールを巡る旅」

福岡伸一(動的書房店長・生物学者)



■2011年10月4日(火)19:30〜@ジュンク堂書店池袋本店

 カメラがまだなかった17世紀、フェルメールはある一瞬の時間を止めて、それをキャンバスの上に写し取ろうとしました。それは写真のように正確でいて、しかし写真では決して写すことのできない、真珠の上のわずかな輝きを決定的なものとして表現しました。
 まったく同じ年、同じ国に、顕微鏡研究者のレーウェンフックはミクロな世界に驚くべき小宇宙が広がっていることを知り、手作りの顕微鏡で、水中をくるくると踊りながら泳ぐ微生物を一心に観察しました。
 パスカルは、私たちが風にそよぐ葦のようなものに過ぎないと感じましたが、デカルトは違っていました。心と身体は分離することが可能で、身体は機械のアナロジーとして捉えられると考えました。
 私は、すべての分岐点が実はこの頃にあったのではないかと感じます。その後、私たちはパスカルではなく、デカルトを選びました。そして、フェルメールではなく、レーウェンフックを採用しました。公平のためにより正確にいえば、デカルト的な思考をより先鋭化し、レーウェンフックの方法をより加速しました。それが私たちを豊かにすると思えたからです。それが私たちの進むべき道だと考えたからです。
その果てに私たちの現在があり、それが行き着いた結果があります。私たちは自分自身が選んだ文明によって裏切られ、傷つき、損なわれています。でも、それはたった300年ほどのあいだに起こったことなのです。ここから私たちが何かを学び、損なわれたものを回復できるとすれば、その契機は、私たちが時に見失いそうになりながらも、長い時間、ずっと守ってきたものの中にしかないはずだと思えます。文明よりも文化としての知のあり方。その思いが私をフェルメールの時代に強く誘い、フェルメールを訪ねる旅にでかけることを促したのでした。その記録が本書です。
 本書の最終章で、私はフェルメールを巡るある大胆な仮説を提示しています。みなさんはその是非についてどのように思われるでしょうか。当日はこの本の隠しテーマである科学と芸術の往還、文明と文化の相克にも触れて語ります。


福岡 伸一(ふくおか しんいち)
生物学者。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授。2007年に発表した『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)は、サントリー学芸賞および中央公論新書大賞を受賞し、ベストセラーとなる。他の著書に『ロハスの思考』(ソトコト新書)、『生命と食』(岩波ブックレット)、『できそこないの男たち』(光文社新書)、『動的平衡』(木楽舎)、『世界は分けてもわからない』(講談社現代新書)、エッセイ集『ルリボシカミキリの青』(文藝春秋)、対談集『エッジエフェクト−界面作用−』(朝日新聞出版)、翻訳に『すばらしい人間部品産業』(講談社)など。


posted by junkudo at 11:20| トークセッション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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